ロシア Rossiya 2005 9 20

 時々、観測気球のように打ち上がる「プーチン大統領の3選の話」。
私は、消極的な意味で、賛成です。
 この話は、政治的には好ましくありませんが、
経済的には、やむを得ないと思います。
 これ以上、世界経済に、「変数」を増やしたくないと思っているからです。
世界経済の方程式において、アメリカや中国という「変数」だけで十分です。
ロシアやEUは、「定数」であってほしいと思っています。
 こうした国々まで「変数」になってしまうと、
世界経済の方程式が複雑になってしまい、考えるだけで、うんざりしてしまいます。
 アメリカの政治経済が安定していれば、ロシアの民主化を主張しましたが・・・・・。
双子の赤字に、イラク情勢に、ハリケーン被害と、実に、頭の痛い問題が続きますね。
 世界の民主化は、大賛成ですが、
民主化を推進する本拠地が、混乱していては、どうにもなりませんね。
 「ネイズビーの戦い」は、まだ終わっていない。
民主化が地球を一周した時に、「ネイズビーの戦い」は終わる。

ネイズビー Naseby 2004 5 25
 1625年に国王となったチャールズ1世は、
父王ジェームズ以上に、専制政治を強化した。
 そのため、議会は、「権利の請願」を提出し、
「議会の同意がない課税」や、
「法律に基づかない逮捕や投獄」をやめることを、国王に約束させた。
 しかし、これに対し、国王は、結局、議会を解散し、
約11年間、議会を開くことなく、専制政治を行うことになった。
 こうして、王党派と議会派の対立は、深刻なものとなり、
ついに、ある事件を契機に、イギリスは、内乱状態となった。
 議会派の中心であったクロムウェルは、
近代的な軍隊に近い「新型軍」を編成し、
1645年に、「ネイズビーの戦い」で、王党派の軍隊に大勝した。
 1649年には、国王が処刑され、議会派が、共和政を打ち立てた。
これが、ピューリタン革命と呼ばれることになった。






































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